MacBook Airを買いました。
副業で動画編集をするために。
なにか副業的なことがしてみたくて、「自分の人生、変わるかも?!」みたいな期待込みで。
…結果。
買ってから数か月で電源すら入れてません。
ほぼ放置されてたMacBook Air▼

未来の自分を信じて買っていた
今振り返ると、Macが欲しかったわけじゃなかったことに気づきました。遅いんですけどね。
- 副業として動画編集をやるつもりだった
- プログラミングもやれたらやる
- ブログも書けたらいいな
買ったのはMacじゃなくて、未来の自分への期待でした。
現実(使わない理由)
で、その未来の自分はどうなったかというと、普通に来ませんでした。
まず、操作がWindowsと違って使いづらかった。
パソコンが出始めた時から家でも会社でも私はWindowsだったので、Macが使いづらい。
ちょっとしたことでイラッとするのです。
Excelも微妙に違います。
似てるんだけど、違う。
iPhoneユーザーだから使いやすいかと思ったけど、ブログ書くのも私には一苦労で。
動画編集も一応やりましたよ。
短い動画撮ってきて繋げたんですが。
そこで気付いたんですよ。
私は当時はインドア派になっていたので、練習としての動画素材を撮る機会もなかったのです。
それで「これ続けるのしんどくない?」となり終了。
気づいたらWindowsのパソコンを選んでいました。
Windowsを買った話はこちら▼

気づいたこと
これ、後から気づいたんですけど、
私は、良い言い方をすれば好奇心旺盛で、新しいことにすぐ飛びつく性格なんです。
飛びついて、そしてすぐに飽きる。
親は長続きしない、とよく怒っていましたっけ。
なので今回のMacも「動画編集で新しいことして成功している自分のイメージ」に飛びついてしまってお金を使っていたんですね。
そりゃ続かない。
中身じゃなくて、イメージを買っているから。
続けられる人はMacを買った人じゃなくて、続けた人。
私はブログは続いています。
好きだから。
Macじゃなくても書けるし、むしろ今まで通りWindowsの方がラクです。
結局、続くかどうかって道具じゃなくて中身なんですよね。
新しい道具じゃ人生は変わらないんです、気づくの遅すぎ。
それでも売らない理由
じゃあ売ればいいじゃん、って話なんですが、これまた微妙で。
もし売ってしまったら、完全に、やらなかった自分を完全に認めてしまう感じがするんですよ。
やってないんですけどね。
だから一応置いてあります。
いつかやるかもしれない、という逃げ道としてのMacBook Air。
なお、そのいつかはまだ来ていません。
(多分、動画編集はやらない)
まとめ
こうして、私の部屋には殆ど使われていないのにやたら高い、”希望が詰まった箱”が、今日も立派に場所だけ取っています。
