動画依存だった私が、突然、紙の本を欲しました。
毎日Youtubeは見るし、気づけばショート動画を見てる時もあり、ネトフリ、アマプラも見たい作品がなくても無理やり探して見まくっている状態。
そんな私が突然、紙の本を読みたいと思ったんですよ。
これは意識高い系への覚醒、、かと思ったんですがそうでもなくて。
自身の脳みそが「このままだとお前、バカになるぞ~!」と警告を出してきたのです。
最近ちょっと怖い
最近、物忘れをするなぁって思うようになってました。
- 人の名前
- 何をしようとしたんだっけ?
- 暗記がつらい
- 漢字が思い出せない
- 言葉が出ない
もうアレが来てしまったのか?と思い、不安障害の診察の時に先生に聞いてみたのです。
先生は『思い出すでしょ?年齢だよ』と言っていました。
そうか、年齢か。病気じゃないのか。と、安心はしたのです。
しかし。
それでも残る別の不安
動画は見てて楽しいです(私の場合は主にYoutube)。
再生ボタンを押せば流れるし、次も勝手に出てくるし。
検索すれば出てくるし、保存すれば残ります。
でも、刺激が強く次から次へと似たような動画を見てしまい、時間を溶かします。
「何時間も似たような動画を見ていて、今日何が残った?と聞くと何も思い出せない」
覚えなくていい世界、そりゃ暗記力も落ちるよね、と納得も出来るのです。
この何も積み上がらない感覚と時間を失う恐怖がじわじわ怖いです。
刺激に慣れ過ぎているのでは?
私の場合、動画を見終わった後は頭が疲労感を感じたり、刺激を感じてざわついている時があります。
医学的なことは分かりませんが、私の体感としては最近、不安が少し増えている気もするのです(薬をちゃんと服用していても)。
私の不安についての記事はこちら▼

だからふと怖くなったのです。
実は私は、体からのサインを後回しにして、去年いくつか不調を重ねました。
コロナから始まり突発性難聴、熱中症、不安障害と。
「ストレスや疲労はそのうち治る」と流した結果でした。
なので今回のこの感覚も、なんとなく無視してはいけない気がしたのです。
このまま刺激ばかりを追い過ぎて、脳を疲れさせていないか、と。
何も残らないのに時間だけを失って、おまけに脳を疲れさせている気もするし、なんとなく自律神経もザワついている気もします。
そこで出てきたのがあの声、「このままだとバカになるぞ~」です。
もう十分楽な方に流れているので、私は少し静かな時間を増やすことにしたのです。
昔のように。
紙の本は逃げ場がない
本は音も出ないし、勝手にも進まない。
自分で文字を追い、自分で意味を組み立てて、自分で想像して読み進めます。
誰も助けてくれない自分だけの世界。
動画がエスカレーターなら、本は階段。
エスカレーターはラクだけど、階段は疲れるし息が上がります。
私の脳みそは「楽な道ばかり選ぶな!」「自分で考えろ!」と警告してきたんだと思います。
本を読むことは脳の筋トレですね。
紙の本を選んだ理由は、どれだけ読んだかを可視化できるからです。
昔から紙の本派でした。
重たくても紙の本が好きです。
ま、重さにも限度がありますが。
意識が高いわけじゃない
私は成長したくて本を欲したわけではありません。
自己啓発に目覚めたわけでもないです。
ただ、怖くなっただけなんです。
このまま流されるように動画依存まっしぐらになったら、何も考えない、暗記できない、脳が衰えていく人になってしまうのではないか。
だから本を欲したのです(体が)。
これは向上心ではなく危機感だと思います。
まだ読み終わってない
とはいえ、現実はこんな感じです。
図書館で本を借りてくる、通勤時に座れたら読む、眠くなる、全部読み終わらないで返却。
家で本を開く、集中力が2ページくらい、スマホを触りだすor テレビで動画を見る。
完璧な読書生活にはまだ程遠い感じだけど「読みたい」と思えたからには、きっと飽きずに読める日が来ると思います(`・ω・´)」
まとめ 小さな再起動
動画(Youtube)をいきなりゼロにすることは難しいので時間を決めて見ようと思います。
(つまらないと思ったら、切る!時間まで見ない)
本も通勤時と寝る前、と時間を決めて読んでいこうと思っています。
あと本が楽しくなるグッズを増やそうかな~とも思っています。
頭が疲れるほど勉強ではなく動画を見るって、私、だいぶ依存していました。
ここで「バカになるぞ~」と警告してきた脳に、とりあえず従ってみようと思います。
※ちなみに今読んでいるのは『地面師』。
まだ途中ですが、ネトフリの地面師たちの元になったルポです(原作じゃありません)。
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